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長崎地方裁判所 平成10年(わ)15号 判決 1998年6月24日

主文

被告人Aを懲役二年六月及び罰金一五〇万円に、被告人B及び被告人Cをそれぞれ懲役一年六月に処する。

被告人らに対し、未決勾留日数中各九〇日を被告人Aについてはその懲役刑に、被告人B及び被告人Cについてはそれぞれの刑に算入する。

被告人Aにおいて右罰金を完納することができないときは、金一万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

被告人らに対し、この裁判確定の日から三年間被告人Aについてはその懲役刑の、被告人B及び被告人Cについてはそれぞれの刑の執行を猶予する。

理由

(犯罪事実)

第一  被告人Aは、大韓民国(以下、「韓国」という。)の国籍を有し、韓国大型トロール漁船甲号(総トン数一三九トン)の船長であるが、法定の除外事由がないのに、平成一〇年一月二〇日午前一〇時二八分ころ、長崎県南松浦郡玉之浦町玉之浦郷字山ノ神<番地略>所在の大瀬埼灯台から真方位一一一度約四〇・五海里の本邦の水域(領海線の約一七・二海里内側)において、右漁船及び底曳網漁具を使用して漁業を行った

第二  被告人A、同B、同Cは、長崎海上保安部職員海上保安官林真一郎外一五名が同保安部所属巡視船「いなさ」に乗船し、被告人Aの前記違反操業を検挙すべく前記甲号を追跡した上、同巡視船を右甲号に接舷・移乗して被告人らを逮捕しようとした際、逮捕を免れるため、共謀の上、前同日午後二時三〇分ころから午後二時五五分ころまでの間、前記大瀬埼灯台から真方位二〇二度約一七・六海里の海上ないし同灯台から真方位二一六度約一七・四海里の海上に至る海域(公海上)を航行中の右甲号船上において、右林らに対し、こもごも、多数回にわたり、乾電池を投げつけ、角材を振り回し、同角材で同人らを殴打した上、右林の顔面を手挙で殴打するなどの暴行を加え、もって、右海上保安官林らの職務の執行を妨害するとともに、前記暴行により、同人に対し、全治まで六日間を要する顔面挫創等の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)<省略>

(争点についての判断)

第一  取締り及び裁判管轄権の有無について

弁護人は、判示第一の漁業行為及び判示第二の公務執行妨害、傷害行為につき、日本には取締り及び裁判管轄権がない旨主張するので、以下検討する。

一  まず、関係各証拠によれば、前提となる事実として以下の事実が明らかに認められる。

1 平成八年法律第七三号(領海法の一部を改正する法律)による改正前の領海法(昭和五二年法律第三〇号。以下、「旧領海法」という。)二条は、基線は低潮線とすると決め、直線基線は採用していなかったが、平成八年法律第七三号による改正後の領海及び接続水域に関する法律(以下、「新領海法」という。)二条は、直線基線を採用することができるとし、これに基づき平成八年政令第二〇六号(領海法施行令の一部を改正する政令)が制定され、平成九年一月一日から、同政令による改正後の領海及び接続水域に関する法律施行令(昭和五二年政令第二一〇号。以下、「新領海法施行令」という。)二条一項が施行され、これにより、同政令別表第一のとおりの直線基線が定められた。

2 判示第一の犯行場所は、長崎県南松浦郡玉之浦町玉之浦郷字山ノ神<番地略>所在の大瀬埼灯台から真方位一一一度約四〇・五海里の水域(以下、「本件水域」という。)であるが、これは日本の低潮線からの距離が一二海里を超える水域であるため、新領海法施行令二条一項の施行前は日本の領水ではなかったが、その施行後は、同政令別表第一の九所定のルの点とヲの点を結んだ線が基線とされた結果、基線の内側となり、領海線の約一七・二海里内側となった(基線の内側であるから、内水である。)。

一方、日本国と大韓民国との間の漁業に関する協定及び関係文書(昭和四〇年条約第二六号。以下、「日韓漁業協定」という。)は、その一条一項本文により、沿岸の基線から一二海里までの水域をそれぞれ自国が漁業に関して排他的管轄権を行使する水域(以下、「漁業水域」という。)として設定することを認めているが、直線基線の採用には相手国との協議を必要とする旨定め(同項ただし書)、日本は右漁業水域に関して直線基線は採用していないから、本件水域はその外側にある。

3 判示第二の犯行場所は、前記大瀬埼灯台から真方位二〇二度約一七・六海里の海上ないし同灯台から真方位二一六度約一七・四海里の海上に至る海域であるが、これは日本の新領海法施行令二条一項による領海線の外側であり、また、日韓漁業協定による漁業水域の外側でもあり、公海上である。

二  以上の事実関係に基づき、弁護人は、本件水域は、新領海法施行令による新領海線の内側ではあるが、日韓漁業協定による漁業水域の外側であり、同協定四条一項は、漁業水域の外側における取締り及び裁判管轄権は、漁船の属する締約国のみが行い、及び行使する旨定め、条約である日韓漁業協定が法律である新領海法に優先するから、日本には、被告人Aが韓国漁船である甲号を使用して行った判示第一の漁業行為について、取締り及び裁判管轄権はなく、したがって、公海上の韓国船舶の上で行われた被告人三名の判示第二の行為についても、接続水域や追跡権を根拠として、日本に取締り及び裁判管轄権を認めることはできないと主張する。

なお、弁護人は、外国人漁業の規制に関する法律(昭和四二年法律第六〇号。以下、「外国人漁業規制法」という。)にいう「本邦の水域」とは、前記新旧の領海法や日韓漁業協定等の関係規定により、日本が漁業に関して排他的管轄権を有する水域をいうとの前提で主張を展開しているが、日韓漁業協定による漁業水域内での韓国国民の漁業については、外国人漁業規制法ではなく、日本国と大韓民国との間の漁業に関する協定の実施に伴う同協定第一条1の漁業に関する水域の設定に関する法律(昭和四〇年法律第一四五号)二項及び漁業法(昭和二四年法律第二六七号)六五条一項の規定に基づき制定された日本国と大韓民国との間の漁業に関する協定第一条1の漁業に関する水域等において大韓民国国民の行なう漁業の禁止に関する省令(昭和四〇年農林省令第五八号)により規制され、さらに、排他的経済水域における外国人の漁業については、排他的経済水域における漁業等に関する主権的権利の行使等に関する法律(平成八年法律第七六号)により規制されているものであり、これらの規定を整合的に解釈すれば、外国人漁業規制法にいう「本邦の水域」とは、日本の領水すなわち領海及び内水を意味していることは明らかである。

三  そこで検討するに、確かに日韓漁業協定四条一項は、漁業水域の外側における取締り及び裁判管轄権を旗国のみが行い、及び行使する旨規定しており、当該水域が漁業水域の外側である以上は、これが領水であったとしても、やはり旗国のみが取締り及び裁判管轄権を有することを定めた規定であるようにみえなくもない。

しかしながら、まず、日韓漁業協定にいう漁業水域という用語について考えるに、この概念は、元来、第一次国連海洋法会議(一九五八年)及び第二次国連海洋法会議(一九六〇年)などから提唱されるようになったもので、要するに、領海の幅につき国により種々の主張があったため、妥協案として、領水とは別個の問題として、かつその外側に、漁業に関して沿岸国に排他的管轄権を認める水域として漁業水域を設定することを認めるという方法で漁業問題を解決しようとしたものであり、その後日韓漁業協定の締結までにも、一九六〇年のイギリス・ノルウェー協定等のように、関係国の漁業紛争をこのような漁業水域を設ける方法で解決する例がみられるようになっていたものである。このような海洋に関する国際法の動向からみると、日韓漁業協定にいう漁業水域も領水とは別個の概念であるとみるほかはなく、このことは、当時韓国が主張していた領海の幅は必ずしも明らかにされていないが、当時日本は領海の幅を三海里としていたことからも明らかであり、このような性格を有する漁業水域についての規定が領水における管轄権を制約する趣旨のものと解するには疑問が残る。

さらに、日韓漁業協定の前文では、「公海自由の原則がこの協定に特別の規定がある場合を除くほかは尊重されるべきことを確認し」とされ、もともと、領水とは、沿岸国がその主権に基づきその管轄権を排他的かつ包抱的に及ぼし得る領域とされており、特定の条約の文言がその主権行使を制限する趣旨のものと解するには慎重であるべきことをも併せ考えると、日韓漁業協定四条一項の規定は、当時漁業水域の外側は公海であったから公海における旗国主義の原則が妥当し、これを確認する趣旨の規定と解するのか自然であり、その後の国際情勢の変化等により、領水が日韓漁業協定で定められた漁業水域の外側に拡張された場合にも、なお旗国のみが管轄権を有することまで規定したものではないと解される。

もっとも、日韓漁業協定は、いわゆる李ライン問題等をめぐる日本と韓国との漁業紛争を解決するために漁業水域という枠組みを用い、これにより双方の利害を調整して締結されたものであるから、前記のように領水と漁業水域とが別個の概念であるからといって、一方当事国が領水を一方的に拡張して漁業水域の外側の水域にまで自国の管轄権を拡張することが右のような日韓漁業協定の趣旨に反するとされる場合もないとはいえないと考えられる。

そこで、このような観点から、日本が前記のように新領海法により領水を拡張した経過についてみると、日韓漁業協定締結の当時は、領海の幅について各国の見解が区々に分かれ、直線基線についても、領海及び接続水域に関する条約(昭和四三年条約第一一号)がその採用を認めてはいたものの、現実に採用した国はそれほど多くなく、必ずしも確立したものとはいえなかったが、その後、領海の幅を一二海里としてその基線として直線基線を採用する国が次第に多数となり、海洋法に関する国際連合条約(平成八年条約第六号。以下、「国連海洋法条約」という。)は、その三条において「いずれの国も、この条約の定めるところにより決定される基線から測定して一二海里を超えない範囲でその領海の幅を定める権利を有する。」と規定し、七条においてその基線として直線基線の採用を認めるに至り、日本も、昭和五二年七月一日旧領海法の施行により領海の幅を一二海里とし、さらに平成八年六月二〇日国連海洋法条約を批准したことから、これに合わせて新領海法及び新領海法施行令を制定して直線基線を採用したものであって、要するに、日韓漁業協定締結後の海洋に関する国際法秩序の進展、確立に伴い、これに適合するように領水に関する法律整備を行った結果、日韓漁業協定に定める漁業水域を超えて領水が拡張されたものであり、これをもって日韓漁業協定の前記趣旨に反するものということはできない。

四  以上検討したところによれば、日本の領水における主権行使としての取締り及び裁判管轄権は、日韓漁業協定の規定及びその趣旨によって制約されるものではないというべきであるから、日本は本件水域における被告人Aの判示第一の漁業行為に関し取締り及び裁判管轄権を有し、被告人三名の判示第二の行為についても、右は判示第一の漁業行為に関して長崎海上保安部職員らが行った国連海洋法条約一一一条所定の要件を満たす適法な追跡行為に対して行われたものであるから、同条及び新領海法三条により日本に取締り及び裁判管轄権があるものである。

第二  被告人らの共謀等について

一  判示第二の公務執行妨害、傷害について、被告人Bは、自ら角材を振り回したことはあるが、自分は傷害行為を行っておらず、また、他の被告人との共謀はなかったと供述し、また、被告人Cは、乾電池を投げたり角材を振り回したことはあるが、角材は海上保安官の所持する楯をめがけて振り回しただけであり、また船長である被告人Aの命令に従っただけで共謀はなかったと供述して、共謀及び実行行為の一部を否定するので、以下検討する。

二  <証拠省略>によれば、以下の事実が認められる。

すなわち、平成一〇年一月二〇日午前一〇時二八分ころ、長崎海上保安部所属の巡視艇「のもかぜ」に乗船していた同保安部職員が甲号による判示第一の漁業行為を発見し、外国人漁業規制法違反で検挙しようとしたが、同船は被告人Aの命令により逃走を始めたため、右「のもかぜ」がこれを追跡し、同保安部所属の巡視船「いなさ」もこれに合流して追跡を続けたが、これに対し被告人A及びその指示に従い被告人Cらが乾電池を投げつけるなどし、さらに同日午後二時五四分ころ、大瀬埼灯台から真方位二一六度約一七・四海里付近の海上において、右「いなさ」から同保安部職員海上保安官林真一郎外六名が甲号に接舷して移乗し、同宮濱忍、川本博文、林真一郎が右舷側から、同河野晃二外二名が左舷側の階段から船橋に上がろうとしたこと、被告人Aは、海上保安官が操舵室に入れば、甲号の舵を取り機関を停止されるため、それは防がねばならないと考え、船橋通路右舷側から、甲板から船橋に上ってこようとする海上保安官らに対し、一辺約四・五センチメートル、長さ約二メートルの角材を振り回して抵抗し、その際、被告人Aが宮濱をめがけて振り下ろした角材が、宮濱のヘルメットを直撃したほか、さらに船橋通路に上がった林が被告人Aに飛びかかったところ、被告人Aは林の顔面を手拳で殴打し、船外へ押し出して海上に落とそうとしたところ、また、被告人Bは、被告人Aの「防げ」の声に応じて船橋内から船橋後部の通路に出て、左舷側階段から登ろうとしている河野をめがけて右同様の角材を振るい、船橋によじ登ろうとしている川本に対し、ウインチ部分に突き落とすよう押したこと、被告人Cも、「操舵室に上げさせるな」との被告人Aの指示により、船橋通路左舷側から、右同様の角材を振り回したことが認められ、これに一部反する被告人らの公判廷における供述は信用できない。

三  以上のように、海上保安官らが判示第一の漁業行為を検挙しようとしたのに対し、被告人らが逃走しようとして抵抗した経過、とりわけ被告人Aの指示により最終的に被告人三名がそれぞれ船橋上で海上保安官に暴行を加えて抵抗した状況からすれば、被告人三名には、検挙を防ぐために海上保安官に対して暴行を振るう旨の共謀が成立していたことは明らかである。

(法令の適用)

被告人Aの判示第一の所為は外国人漁業の規制に関する法律九条一項一号、三条一号に、被告人三名の判示第二の所為のうち、公務員の職務の執行を妨害した点は刑法六〇条、九五条一項に、傷害の点は同法六〇条、二〇四条にそれぞれ該当するところ、被告人三名の判示第二の公務執行妨害と傷害は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い傷害罪について定めた懲役刑で処断することとし、被告人Aの判示第一の罪について情状により所定刑中懲役刑及び罰金刑を選択し、被告人Aの判示第一及び第二の各罪は同法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により重い判示第二の罪の刑に同法四七条ただし書の制限内で法定の加重をし、罰金刑については同法四八条一項によりこれを右懲役刑と併科することとし、その刑期及び金額の範囲内で被告人Aを懲役二年六月及び罰金一五〇万円に処し、被告人B及び被告人Cについては所定刑期の範囲内でそれぞれ懲役一年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中九〇日を被告人Aについてはその懲役刑に、被告人B及び被告人Cについてはそれぞれの刑に算入することとし、被告人Aにおいて右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一万円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間被告人Aについてはその懲役刑の、被告人B及び被告人Cについてはそれぞれの刑の執行を猶予することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用していずれの被告人にも負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、判示のとおりの被告人Aの外国人漁業規制法違反及び被告人三名の共謀による公務執行妨害、傷害の各事案であるところ、被告人Aの判示第一の犯行は、専ら経済的利益追求のために日本の領水内で漁業を行い、その漁業秩序を乱したものであって軽微な犯行とはいえず、また、被告人三名の判示第二の犯行は、右判示第一の犯行に対する検挙を免れるために、海上保安官らに対して多数回にわたり乾電池を投げつけ、角材を振り回して殴打するなどしたもので危険かつ悪質な犯行である。

そうすると、被告人らの刑責を軽視することができないが、他方、被告人らには前科がなく、また、相当期間身柄拘束を受けていること等の事情も認められるので、被告人らには主文掲記の刑を科した上で、被告人Aについては懲役刑の、被告人B及び被告人Cについてはそれぞれの刑の執行を猶予することとした。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本恵三 裁判官 武野康代 裁判官 野口卓志)

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